礼拝所不敬罪とは?実際の事例・判例を解説

礼拝所不敬罪は、「礼拝所に対し公然と不敬な行為をする罪」です。
聞き慣れない言葉かもしれませんが、実際にこれに当てはまる事件は意外と起こっています。
本コラムでは、礼拝所不敬罪の内容(構成要件・刑罰など)と実際の事例をご紹介します。
1.礼拝所不敬罪とは?
礼拝所不敬罪は、一般の宗教感情を保護するために設けられたもので、刑法188条に下記のように定められています。
刑法188条
神祠、仏堂、墓所その他の礼拝所に対し、公然と不敬な行為をした者は、6月以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処する。
(1) 礼拝所とは?
「神祠」とは、神道により神を祀った祠のことです。
「仏堂」とは、仏教の寺院の本堂などのことです。
「墓所」とは、人の遺体や遺骨を埋葬・安置することによって、死者を祀り、または、記念する場所のことです。
「その他礼拝所」には、キリスト教、イスラム教など宗教を問わず、一般の人たちが宗教的崇敬を捧げる場所をいいます。
これらは必ずしも「建物」である必要はなく、例えば、沖縄の「ひめゆりの塔」(慰霊碑)なども礼拝所にあたるとされています。
また、過去には和歌山県の世界遺産「那智の滝」でロッククライミングをした有名な登山家3人が逮捕されたという事件もありました。「那智の滝」が「ご神体」として信仰を集める場所であったため、「その他礼拝所」に該当すると判断されたようです。
一方、神社や寺院の社務所など、神や仏を祀る場所ではなく事務作業をするような場所は礼拝所には含まれません。
(2) 公然と不敬な行為をするとは?
「公然」とは、不特定または多数人が認識しえる状態のことです。実際に誰かに目撃されたということは必要ではありません。
例えば、深夜の墓地で誰もいなかったとしても、不特定または多数人が認識する(だれかが通りかかるなど)可能性があれば、「公然」であるとみなされます。
「不敬な行為」とは、上記のような「神を祀った祠」や「寺院の本堂」「お墓」「十字架」「マリア像」など、宗教的崇敬を捧げられるべき対象物の尊厳を害するに足りる行為を広く含むとされています。損壊(壊す)、転倒(倒す)、汚す(落書きなど)、除去する(持ち去るなど)行為が広く含まれます。
2.「礼拝所不敬罪」の実際の事例
(1) 酔って墓石を次々と倒した事例
飲酒したあと小用を足すために墓地に立ち入った被告人が、足元がふらつくため墓石に手をかけたところその墓石が足元に倒れてきたのを見て、酔っていたためにこれに立腹して次々に墓石を倒したという行為について、懲役3月(3年間の執行猶予)に処せられました。(東京地方裁判所昭和63年7月11日判決)
本件の被告人は前科があったために、罰金ではなく懲役になったものと思われます。
この判決の中では、「本件が酔余の上の偶発的犯行であるとはいえ、社会一般から神聖視され崇敬される墓所において、次々と墓碑を転倒させた本件犯行は一般人の宗教感情を害するばかりか、墓碑の所有者・遺族らの宗教感情を著しく傷つけるもの」と判断されています。
(2) 墓地に向かって放尿する格好をした事例
被告人がA家の墓地の入り口において、その内部に向かって暫時放尿する格好をしたという事例について礼拝所不敬罪が認められ、罰金千円(執行猶予2年)の判決になりました。(東京地方裁判所昭和27年8月5日判決)
被告人はA一家を嫌っており、この事件の前に「小便でもひっかけてやれ」などと言っていたという事実も前提としてあったようです。
この判例では、「たとえ現実には放尿しなくとも、放尿するがごとき恰好をすること自体、見る者をしてその墓所に対する崇敬の念に著しく相反する感を与えるものといわなければならない」と判示しています。
(3) 霊園でヌード写真を撮影した事例
2008年、写真家の篠山紀信さんが、青山霊園で女性のヌード写真を撮影したことで、礼拝所不敬罪及び公然わいせつ罪に問われて略式起訴され、金30万円の罰金に処せられました。
報道によると、墓石の上にヌードの女性を座らせて撮影された写真などもあったようです。
霊園=墓地は、死者を祀る場所であり、死者に対する畏敬の念を抱く場所です。仏教をそれほど熱心に信仰していない人であっても、亡くなった家族や先祖に安らかに眠ってほしいと考えている場所です。
そのような場所でヌード撮影をされるということは、一般の人にとっては宗教的崇敬を害されたと言えるため、「公然と不敬な行為をした」と判断されました。
礼拝所不敬罪は、罰金刑の場合10万円以下の罰金ですが、公然わいせつ罪が「6月以下の懲役若しくは30万円以下の拘禁刑若しくは科料」とされているため、この件では30万円の罰金刑となりました。
(4) 靖国神社への抗議行動の事例
靖国神社は、その歴史的経緯から、いろいろな立場・思想の人がデモなどを繰り広げています。
デモなどを行うことは憲法上も保障された権利ですが、これが行き過ぎると刑事犯罪に該当してしまうことがあります。
報道されているところによると、2009年8月11日、台湾の国会議員が、靖国神社において数十人とともに、「(台湾先住民族戦没者の)合祀をやめろ」と書いた横断幕を掲げ行進し、正当な理由なく礼拝所に押し入ろうとするなどして、神社の祭祀業務や一般客の参拝を妨害し、制止した職員1人が軽傷を負ったということです。
そのため、祭祀妨害等で日本の国会議員が刑事告発しました。
その後、警視庁公安部は、威力業務妨害罪、礼拝所不敬罪、傷害罪の容疑で、東京地方検察庁へ書類送検したようです。
しかし、その後起訴されたという報道はないので、不起訴になったと思われます(外交上の問題もあるでしょう)。
報道されている事実だけでは、どのような場所でどのような行為をしたことをもって「礼拝所」での「不敬な行為」と捉えられたのかは必ずしも明らかではありません。「礼拝所に押し入ろうとした行為」や「一般の参拝客が参拝しようとしている場所での参拝妨害行為」などが一般の人の宗教感情を害したと判断され「不敬な行為」と捉えられたものと思われますが、詳しい事実は不明です。
また、靖国神社=礼拝所ではありません。靖国神社の広い敷地内でも、「神を祀ってある場所」や「死者を祀ってある場所」が「礼拝所」にあたり、社務所などは「礼拝所」に当たりません。
いずれにしても、力をもって自分の考えを押し通そうとすると、刑事犯罪に該当してしまう可能性があることを覚えておきましょう。
3.礼拝所不敬罪の類似犯罪
最後に、礼拝所不敬罪に類似する犯罪行為をご紹介します。
(1) 説教等妨害罪
刑法第188条第2項は「説教、礼拝又は葬式を妨害した者は、1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金に処する」と定めています。
これは、宗教行事を妨害することに対する罪です。
なお、条文には「葬式」しか挙げられていませんが、宗教行事の一つである「通夜」は「礼拝」にあたるとされています。
(2) 墳墓発掘罪
刑法189条は「墳墓を発掘した者は、2年以下の拘禁刑に処する」と定めています。
「墳墓」とは墓地のことですが、納骨堂なども含まれるとされています。
なお、「古墳」は、現在においては、お墓として祭祀礼拝されるものではなく、歴史的な遺跡としての認識の方が強いものになっていますから、ここでいう「墳墓」には含まれないとされています。
最高裁判所昭和39年3月11日判決によると、「発掘」とは、墳墓の覆土の全部または一部を除去し、もしくは墓石等を破壊解体して、墳墓を損壊する行為を言い、かならずしも、墳墓内の棺桶、遺骨、死体等を外部に露出させる必要はないと判示されています。
つまり、お墓を掘り起こして、さらに遺骨を取り出すということまでしなくても、掘り起こす行為をしただけで「発掘」と認められるということです。
(3) 死体損壊等罪
刑法190条は、「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3年以下の拘禁刑に処する」と定めています。
これは、死者に対する宗教的崇敬感情を保護するためのものです。つまり、生きている人の死者に対する思いを保護するということです。
(4) 墳墓発掘死体損壊等
刑法第191条は、「第189条の罪を犯して、死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、3月以上5年以下の拘禁刑に処する」と定めています。
これは、墳墓発掘罪と死体損壊等罪との結合犯です。
4.まとめ
「酔っ払って墓地で用を足してしまった」「カッとなって墓石を倒してしまった」など、思わぬ行動が犯罪に当てはまり逮捕されてしまう可能性があります。
もし被疑者になってしまったら、お早めに刑事事件に強い弁護士にご相談ください。
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