交通人身事故の刑事弁護全般

1.交通人身事故に成立する犯罪
自動車運転中に過失で人身事故を起こしてしまった場合には、事故態様(過失態様)によって、自動車運転過失致死傷罪または、危険運転過失致死傷罪が成立します。
自動車運転過失致死傷罪について、自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(略称、自動車運転処罰法)は以下のように規定しています。
(過失運転致死傷)
第五条 自動車の運転上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、七年以下の懲役若しくは禁錮又は百万円以下の罰金に処する。ただし、その傷害が軽いときは、情状により、その刑を免除することができる。
同法制定以前は、交通人身事故は刑法の「業務上過失致傷罪」として処断されていましたが、交通事故の多発や特に死亡事故における遺族の方の被害感情の強さから、交通人身事故の厳罰化として同法が制定され、法定刑も長期5年の拘禁刑(業務上過失致死傷罪)から長期7年の拘禁刑へと引き上げられました。
一方、交通人身事故の事故態様が法の定める悪質な行為類型に該当する場合には、危険運転致死傷罪が成立します。
自動車運転処罰法は第2条において、危険運転過失致死傷罪について以下の通り規定しています。
(危険運転致死傷)
第二条 次に掲げる行為を行い、よって、人を負傷させた者は十五年以下の懲役に処し、人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処する。
一 アルコール又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
二 その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
三 その進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為
四 人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
五 車の通行を妨害する目的で、走行中の車(重大な交通の危険が生じることとなる速度で走行中のものに限る。)の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転する行為
六 高速自動車国道(高速自動車国道法(昭和三十二年法律第七十九号)第四条第一項に規定する道路をいう。)又は自動車専用道路(道路法(昭和二十七年法律第百八十号)第四十八条の四に規定する自動車専用道路をいう。)において、自動車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の前方で停止し、その他これに著しく接近することとなる方法で自動車を運転することにより、走行中の自動車に停止又は徐行(自動車が直ちに停止することができるような速度で進行することをいう。)をさせる行為
七 赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
八 通行禁止道路(道路標識若しくは道路標示により、又はその他法令の規定により自動車の通行が禁止されている道路又はその部分であって、これを通行することが人又は車に交通の危険を生じさせるものとして政令で定めるものをいう。)を進行し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
なお、自転車による交通人身事故については、上記の犯罪ではなく、刑法の過失致死傷罪が成立します。
(過失傷害)
第209条 過失により人を傷害した者は、三十万円以下の罰金又は科料に処する。
2 前項の罪は、告訴がなければ公訴を提起することができない。
(過失致死)
第210条 過失により人を死亡させた者は、五十万円以下の罰金に処する。
2.道路交通法違反を伴う交通人身事故
自動車を運転中に人身事故を起こしてそのまま現場から逃走する、いわゆるひき逃げ事件では、道路交通法違反も同時に成立します。
(ひき逃げの人身事故では、道路交通法72条の救護義務に違反して、同法117条が適用されます。)
道路交通法72条
第1項 交通事故があつたときは、当該交通事故に係る車両等の運転者その他の乗務員(以下この節において「運転者等」という。)は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者(運転者が死亡し、又は負傷したためやむを得ないときは、その他の乗務員。以下次項において同じ。)は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちに最寄りの警察署(派出所又は駐在所を含む。以下次項において同じ。)の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度並びに損壊した物及びその損壊の程度、当該交通事故に係る車両等の積載物並びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならない。道路交通法
第117条 車両等(軽車両を除く。 以下この項において同じ。)の運転者が、当該車両等の交通による人の死傷があつた場合において、第七十二条(交通事故の場合の措置)第1項前段の規定に違反したときは、5年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。
第2項 前項の場合において、同項の人の死傷が当該運転者の運転に起因するものであるときは、10年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。
人身事故に加えて道路交通法違反が同時に成立する場合には、併合罪加重、すなわち、複数の刑罰法規違反がある場合に重い拘禁刑の長期の刑期を1,5倍したものを複数の刑罰法規違反の刑罰とする制度が適用されます。
これにより、自動車運転過失致死傷罪では長期7年のところ長期10年6月に加重され、危険運転過失致死傷罪の場合には長期15年(致傷)のところ長期22年6月、長期20年(致死)のところに長期30年(有期刑の上限に該当)に加重されます。
ひき逃げ運転の場合、長期法定刑は道路交通法117条適用で長期10年ですから、自動車運転過失致傷罪の場合の長期7年よりも重く、長期10年を1.5倍した刑期、長期15年となります。
3.人身事故を起こした場合の身柄拘束(逮捕・勾留)
自動車運転過失致死傷罪、危険運転過失致死傷罪では、死亡事故の場合は被害結果の重大性、特に危険運転過失致死傷罪では犯行態様の悪質性が考慮され、運転手は逮捕・勾留される可能性が高いと言えます。
ひき逃げ運転、飲酒運転は危険運転過失致死傷罪に該当せずに自動車運転過失致死傷罪が成立する場合でも、犯行態様の悪質性から(死亡事故でなくとも)逮捕・勾留される可能性が高いと言えます。
さらに、飲酒運転については、人身事故を起こさずとも重大な危険性をもつものとして逮捕される可能性が高いと言えます。
逮捕・勾留の身柄拘束を受けた場合に早期釈放を取り付けるには、人身事故の被害者、遺族の方(死亡事故の場合)との間で早期に示談を取り付けるしか方法はありません。
しかし、死亡事故の場合には、危険運転過失致死傷罪はもとより自動車運転過失致死傷罪の場合でも遺族の方の被害感情・処罰感情は強いものであり、お会いしての謝罪も受け付けていただけないのが通常であり、示談はよほど特別な事情がない限り困難と言えます。
4.交通人身事故の実際の処断結果
過去に当所が弁護を担当した事案として、危険運転過失致傷罪、自動車運転過失致死罪、ひき逃げ事案があります。
危険運転過失致傷罪の弁護では、被害者の傷害結果が比較的軽いこともあり、逮捕されず在宅事件として取り調べられ、起訴された時点で弁護依頼がありました。
任意保険による損害賠償もすでになされていましたが、刑事の示談を取り付けることで執行猶予付き有罪判決となり、実刑を回避しました。
自動車運転過失致死罪の事案は、被害者が駐車車両の後ろから赤信号を無視して横断歩道に飛び出た事案ですが、被疑者は横断歩道近くということもあり徐行運転しており、逮捕されず在宅事件として立件されました。
被疑者の過失の程度が低いことに加えて、被疑者が遺族の方に真摯に謝罪を続けたことが評価されて、不起訴処分を勝ち取りました。
ひき逃げでは、被害者が数ヶ月の入院加療をする重傷を負った事件について弁護士泉義孝が弁護依頼を受けました。
ひき逃げした被疑者は数ヶ月間に及ぶ警察の捜査の結果令状逮捕され、その後起訴されました。
犯行の悪質性や被害結果の重大性、被害者の被害感情の強さから実刑の可能性が高い事案でしたが、何とか示談を取り付けて、執行猶予付き有罪判決を獲得しました。
※ただし、この事案は交通人身事故の厳罰化(自動車運転処罰法制定)以前の事案で、業務上過失致傷罪に問われたものです。
5.交通人身事故を起こしたら弁護士に相談を
交通人身事故では、死亡事故に至らなかった場合(特に傷害結果が重くない場合)には、故意ではなく過失行為の結果であることや、大半が任意保険に加入していることから、損害保険会社任せにしている方が少なくありません。
しかし、そのような対応で被害者の被害感情が悪化して、起訴後弁護士に弁護依頼しても被害者から示談を取り付けることが困難になることも少なくありません。
その結果、犯行態様、被害結果如何によっては実刑となる可能性も否定できません。
交通人身事故を起こしてしまったら、損害保険会社任せにすることなく、必ず弁護士に刑事相談をして、刑事事件としての適切な対処を模索しましょう。