海外で犯罪を行った日本国民(国外犯)の処罰

海外旅行や海外赴任で、つい開放的になりハメを外し過ぎてしまうこともあります。
あるいは、何か問題を起こしても日本に帰ってしまえば罪に問われることはないだろうと考えてしまう人もいるかもしれません。
しかし、それは甘い考えです。
海外での行いであっても、現地の法律違反に問われることはもちろん、たとえ帰国しても日本の刑罰法規に違反する行為として日本で処罰されたり、外国の捜査機関に引き渡されてしまったりする危険があります。
本コラムでは、海外で犯罪を行った場合の処罰について解説していきます。
1.海外での犯罪はどこの法律で処罰される?
(1) 犯罪地によって適用法律が決まる「属地主義」
犯罪に対して、どの国の法律が適用されるかについては、各国の刑罰法規において当該法律の適用範囲が定められており、これに従います。
例えば、日本の刑法では、その犯罪者の国籍を問わず、日本の国内における犯罪に適用すると定められています(刑法1条1項)。
この場合の「日本の国内」とは、領土・領空・領海内を指します。なお、日本国外でも、日本船舶内・日本航空機内であれば、同様に扱います(同条2項)。
このように、犯罪の行われた土地(犯罪地)を基準として、自国内での犯罪には自国の刑罰法規を適用する制度を「属地主義」と呼びます。
多くの国では、この属地主義を基本としています。
したがって、A国人がB国で犯罪を犯しても、A国の刑法は適用されません。もちろん、それがB国における犯罪に該当するなら、B国の刑法が適用されます。
(2) 日本の刑法は外国での犯罪に適用されないのが原則
日本も属地主義ですから、日本人が外国において日本の刑法に違反する犯罪を行っても、日本の刑法を適用できないのが原則です。
しかし、それがその外国の刑法に違反する行為であれば、その国の法律に従って処罰されます。
2.例外的に日本国内法で処罰できる罪
このように、日本を含め多くの刑法では属地主義が基本とされていますが、実は、この属地主義の原則については多くの例外があります。
刑法の適用範囲については、属地主義の他にも、①属人主義、②保護主義、③世界主義という各制度があり、属地主義を基本としつつも例外として補充的に採用されています。
(1) 属人主義とは
「属人主義」とは、外国で行われた犯罪であっても自国民が犯した犯罪には自国の刑法を適用する制度であり、日本の刑法でも一定の犯罪について属人主義が採用されています(刑法3条)。
例えば、次の犯罪です。
放火罪、文書偽造罪、不同意わいせつ・性交等罪、贈賄罪、殺人罪、傷害罪、保護責任者遺棄罪、逮捕監禁罪、略取・誘拐罪、名誉毀損罪、窃盗罪、強盗罪、詐欺罪、恐喝罪、背任罪、業務上横領罪、盗品譲受け等罪など
これらの犯罪については、外国で行われた場合でも、行為者が日本人である以上は日本の刑法が適用されます。
(2) 保護主義とは
「保護主義」とは、外国で行われた犯罪であっても、自国や自国民の利益を侵害する行為には、行為者の国籍を問わず、自国の刑法を適用する制度です。
日本の刑法でも、日本の国益や日本国民を保護する見地から、以下のような一定の犯罪について、保護主義が採用されています(同2条、3条の2、4条)。
- 外国で行われても、その犯人の国籍を問わず日本の刑法を適用するもの…内乱罪、外患誘致罪、通貨偽造罪、公文書偽造罪、有価証券偽造罪など
- 外国で行われた外国人による犯罪でも、日本人を被害者とする場合に日本の刑法を適用するもの…不同意わいせつ・性交等罪、殺人罪、傷害罪、逮捕監禁罪、略取・誘拐罪、強盗罪など
- 外国で行われても、日本国籍の公務員の行為ならば日本の刑法を適用するもの…収賄罪など
(3) 世界主義とは
「世界主義」とは、犯罪の行われた国、犯罪者の国籍を問わず、自国の刑法を適用する制度です。
日本の刑法では、属地主義・属人主義・保護主義の各規定では処罰できない場合でも、他国との条約によって定めた場合には日本の刑法を適用できると定めています(刑法4条の2)。
これは、外交官の殺害、在外公館の占拠、人質事件などに対処することを主眼としており、実際に「国際的に保護される者(外交官を含む)に対する犯罪の防止及び処罰に関する条約」(※1)、「人質をとる行為に関する国際条約」(※2)が締結されています。
そこでは、殺人、傷害、暴行、遺棄、誘拐、逮捕監禁、強要脅迫、業務妨害、強盗、恐喝、住居侵入など多岐にわたる行為が、日本の刑法を適用できる対象とされています。
※1:略称「国家代表等犯罪防止処罰条約」
※2:略称「人質行為防止条約」
3.海外で罪を犯した日本人が日本へ逃亡した場合
外国で犯罪を行った日本人が逃亡して日本に帰国した後、外国から引き渡しの要求を受けた場合、日本国の政府としては引き渡し要求に応じることになるのでしょうか?
(1) 犯罪者の引渡を定める逃亡犯罪人引渡法
この点については、我が国の「逃亡犯罪人引渡法」という法律に定めがあります。
「逃亡犯罪人」とは、引渡しを要求している外国において、被疑者として捜査対象となっている者、訴追された者、確定済の刑の執行を受けていない者を指します。
逃亡犯罪人引渡法では、「逃亡犯罪人」が日本国民であるときは、引渡に応じることは禁止されています(同法2条9号)。
ただし、これには例外があり、我が国との間で締結した「引渡条約(逃亡犯罪人引渡条約)」に別段の定めがある場合は、それに従って日本人を引き渡すことが許されます(同法2条柱書)。
たとえば「日本国とアメリカ合衆国との間の犯罪人引渡しに関する条約」(米国との犯罪人引渡条約)においては、引渡を要求された国は、自国民を引き渡す義務を負わないものの、自国の裁量で自国民を引き渡すことはできると定められています(同条約5条)。
同様の定めは、「犯罪人引渡しに関する日本国と大韓民国との間の条約」(日韓犯罪人引渡条約)においても定められています(同条約6条1項)。
(2) 海外で犯罪をした日本人を外国に引渡しできない場合
では、海外で犯罪を行った日本人を外国に引き渡しできない場合、いずれの国の法律で処罰することになるのでしょうか?
1 代理処罰
代理処罰とは、A国において、A国の刑罰法規に違反する犯罪を行った者が逃亡してB国に逃げ込んだ場合に、A国の代理としてB国が犯罪者を処罰するという考え方です。
ただ、ある国家が、他の国家の代理となって、他の国家の刑罰権を行使するという制度は実在しません。
実際上は、その犯罪者の行為がA国の刑罰法規に違反するだけでなく、B国の刑罰法規にも違反しており、B国の法律を適用することが可能であるというケースにおいて、事実上外交ルートを通じてのA国からの要請に応じて、B国がB国の法律手続にしたがって犯人を処罰するという形となります(※)。
※参考「参議院・第164回国会・請願の要旨・新件番号3374・件名『ブラジルとの犯罪人引渡し条約に関する請願』」
2 捜査共助
海外で犯罪を行って帰国した日本人を日本の刑法を適用して処罰する場合でも、日本の捜査機関が外国で直接に捜査活動を行うことはできません。
そこで、外国に対し、外交ルートや国際刑事警察機構(ICPO)を通じて捜査への協力を要請することになります。これを「捜査共助」と呼びます。
これによって、海外の捜査機関に証拠収集に協力してもらい、日本国の刑事手続として立件することになります。
4.まとめ
犯罪を行った場所が海外であっても、多くの場合は刑法など日本の刑罰法規の適用対象となり、日本で逮捕・起訴される可能性があります。
また、米国や韓国においての犯罪等の場合は、日本政府が同国らからの引渡し要求に応じ、同国らの刑事手続を経て刑務所に収監されるなどの処罰を受ける可能性があります。
日本に帰国したからといって、捜査機関の追及から逃れられるわけではないのです。
このような場合は、できるだけ早く刑事弁護に注力している弁護士に相談し、アドバイスを受けることをおすすめします。
海外で罪を犯してしまったというケースでも、泉総合法律事務所にお問い合わせください。