痴漢で逮捕後、実名報道されることはあるの?

痴漢事件が発生し、被疑者(加害者)が実名で報道されているニュースを見たことがある方もいると思います。
一方、痴漢で逮捕されても、実名報道はおろか報道さえされない人もいます。
痴漢をしてしまった場合、どのようなケースで実名報道されるのでしょうか?また、実名報道されない理由とは何なのでしょうか?
1.刑事事件が実名報道されるケース
(1) 実名報道の判断基準
刑事犯罪については、以下の2つの段階で「実名での情報を公表するかどうか」という判断がなされています。
- 警察・検察が、被疑者の実名を含めた事件情報をマスコミに伝えるか否かを判断する段階(警察・検察の公式発表という形をとる場合もあれば、記者を通じて非公式にリークする方法で行われる場合もあります。)
- 警察・検察から情報を入手したマスコミが、被疑者の実名を含めた情報を報道するか否かを判断する段階
どちらの段階であっても、実名報道するかどうかについては、法律上、定められた基準はありません。
警察も報道機関も内部基準を設けていると言われますが、正式に公表されたことはないので、正確な内容を知ることはできません。
現在では、公共性の観点から、成人の刑事事件については「社会的影響が大きい事件」「悪質であり重大な事件」「政治家・高級官僚や裁判官・検察官などの公務員、教員、大企業社員、医師、弁護士などの公的資格者、社会的な有力者等、影響力の強い者の事件」は、特に実名で報道されることが多くなっています。
とはいえ、実名報道されるか否かは、警察と報道各社の判断に委ねられています。
よって、格別社会的に重要な地位にあるわけでもない被疑者が、重大とまで言えない事件で実名報道されるケースもないわけではありません。
(2) そもそも実名報道は許されるのか?
実名報道は、報道された者のプライバシー権や名誉権を侵害します。他人のプライバシーや名誉を正当な理由なく侵害すると、民事上の損害賠償義務を負ったり、刑事上の名誉毀損罪に問われたりすることがあります。
一方で、日本国憲法では、表現の自由、報道の自由が保障され、これらは「知る権利」にも貢献するという大きな価値があります。
犯罪というのは、国民一般にとって重大な関心事であり、犯罪が起きたことやその背景などを知ることは、とても重要なことです。そこで、被疑者のプライバシー権・名誉権と、報道の自由との調整を図る必要があります。
名誉毀損においては、報道内容が
①公共の利害に関する事実であること
②報道目的がもっぱら公益を図る目的であること
③真実であることの証明があったか、または、真実であると信じたことについて相当な理由があること
という条件を満たす場合には、名誉毀損による刑事上・民事上の法的責任は負わないと理解されています。
東京高等裁判所平成28年3月9日判決は、下記のような判断を行いました。
「犯罪報道における被疑者の特定は、犯罪報道の基本的要素であって、犯罪事実自体と並んで公共の重要な関心事である」
「犯罪報道の記事において、被疑者の氏名、年齢、職業、住所の一部等の個人情報を逮捕と共に報道することが、いかなる場合でも許されるかという点について検討するに、逮捕をされた被疑者については無罪の推定が及ぶ(中略)という点を考慮すると、各事件における被疑事実の内容、被疑者の地位や属性などの具体的事情によっては、プライバシー権保護の要請が公共性に勝り、被疑者段階における実名等の個人情報を含む犯罪報道が、名誉棄損あるいはプライバシー権の違法な侵害がある場合があることは否定できない。しかし、(中略)本件逮捕の被疑事実が、決して軽微な事件とはいえず、これを報道する社会的意義も大きいと認められる以上、控訴人が逮捕された被疑者の段階にあり、一般の私人であることを考慮しても、控訴人の氏名を含めて犯罪の報道をすることが公共の利害に関する事実の報道に当たらないとすることはできない。」
結局、実名報道が違法なプライバシー侵害や名誉棄損になるかどうかは、それぞれの事件における「被疑事実の内容、被疑者の地位や属性などの具体的事情」によって決まるのですが、それに加え、軽微な事件か、社会的影響が大きい事件かということが大きく関わるということが分かります。
2.刑事事件が実名報道されないケース
警察・検察と報道機関の判断に委ねられている実名報道ですが、比較的、実名報道が行われない場合があります。
(1) 被疑者が未成年の場合
少年法61条は、以下のように、少年事件において少年を実名報道等することを禁止しています。
少年法61条
「家庭裁判所の審判に付された少年又は少年のとき犯した罪により公訴を提起された者については、氏名、年齢、職業、住居、容ぼう等によりその者が当該事件の本人であることを推知することができるような記事又は写真を新聞紙その他の出版物に掲載してはならない。」
これは、未成年のこれからの更生に配慮して、むやみに実名報道することは妥当ではないということを理由とします。そのため、未成年が犯罪を犯した場合には、原則として匿名報道が行われることになります。
この規定に違反しても罰則はないですが、報道機関は、犯人が未成年の場合には例外的なケース(殺人など凶悪事件を起こした場合等)を除き実名報道を控える傾向にあります。
(2) 事件が軽微な場合
事件は一日のうちに数多く起きています。これら全てを報道することは不可能なので、必然的に、報道される事件は重大事件が多いことになります。例えば、殺人事件や金額被害が大きい強盗事件、怪我の程度が大きい傷害事件、不同意性交等罪などです。
一方の痴漢は、刑事事件の中では比較的軽微な犯罪とされていますので、痴漢事件が報道されるケースは少ないと言えます。
もっとも、マスコミは「今日は何もありません。」と言うことはできないので、他に報道する材料がなければ、軽微な事件であっても報道されることはあります。
よって、その日に他の重大事件がない場合、軽微な痴漢事件であっても報道されてしまうケースがあります。
(3) 被疑者が逮捕されていない場合
報道されるのは、被疑者が逮捕された場合が多いです。
つまり、罪を犯した場合でも逮捕されていなければ、実名報道が行われることが少ないということです。
これは、そもそも、捜査機関が在宅事件を発表することが少なく、逮捕をもって、事件を公表するか否かの目安のひとつに置いているからです。
報道機関の側からは、逮捕事案を報道することは不当逮捕の抑止策として重要なのです
もっとも、被疑者が芸能人や公務員であったり、重大事件であったりする場合には、逮捕されていなくとも書類送検の時点で報道されることも多いです。
3.実名報道されないためにはどうする?
いったん実名報道されると、その者は多くのデメリットを受けることになります。
例えば、実名報道をされると、有罪判決が確定していなくとも「犯罪者である」との烙印を押されてしまいます。
また、実名報道された容疑者の家族や親戚などが嫌がらせや誹謗中傷を受けることも多いと言われます。結果的に冤罪であっても偏見を持つ者もおり、また、その後会社に復帰しても、社内の人間関係が悪化し、そこに居づらいといった事態になることも多いです。
さらに、現代ではインターネット上にいつまでも逮捕されたときの記事が残っていて、事件から数年経っていても、自分の名前を検索されるとそのときの記事が出てしまうということもあります。
それでは、このような多大な不利益を避けるため、実名報道を避けるためにはどのように対処するのが望ましいのでしょうか?
(1) 逮捕されないように対応する
実名報道の回避について個人でできることはあまりないのが実情ですが、とにかく「逮捕されないようにする」が最善です。
痴漢事件で逮捕されないためには、逃走の意思がなく、任意捜査に応じるという姿勢を警察に見せることが重要です。
では、実際に痴漢を行ってしまい、それが見つかった時、どのような対処をすることが正しいのでしょうか?
逃げずに素直に駅員室へ同行する
まず、逃げないことが重要です。「痴漢を疑われたら逃げるべき」と主張されることもありますが、これは適切な対応ではなく、むしろ問題となる可能性がある行為です。
一昔前に話題となりましたが、線路上を逃げることは命の危険がありますし、それ自体が他の犯罪に該当したり、損害賠償を請求されたりするリスクがあります。
実際に痴漢をしていた場合、素直に事実を認めて、警察署までの任意同行に応じ、真摯な反省の態度を示し、進んで自宅や職場を明らかにすれば、逃亡や証拠隠滅の恐れがないと判断されて、逮捕までいたらないケースが多いです。
被害者、駅員、警察には、免許証などの身分証明書を開示し、氏名・連絡先を伝えましょう。
反対に、その場から逃げようとすれば、逃亡を防止するために、直ちに現行犯逮捕されてしまう可能性が高いです。
いったん逮捕されてしまえば、「逃亡を図った事実がある」として、勾留決定されてしまい、身柄拘束が長期に及んでしまう可能性があります。
仮に逃亡できた場合でも、後の捜査で犯人であることが特定され、逮捕状によって通常逮捕をされることがあります。この場合、やはり「逃亡した事実がある」として、逮捕に引き続き勾留されることが必至です。
また、痴漢を疑われたとき「駅員室に行ってはいけない」と言われることがあります。
しかし、同様の理由から素直に駅員室に行くべきです。
特に、駅員室へ「行く、行かない」の言い合いは、駅員などとの身体や腕のつかみ合いなどに発展しやすく、それ自体が暴行罪、傷害罪、業務妨害罪として、痴漢行為の罪とあわせて立件されてしまうリスクもあります。
仮にそうなると、「悪質な犯人」と評価され、単なる痴漢の被疑者では済まなくなってしまいます。
被害者に誠意を持って謝罪する
実際に痴漢行為をしていたなら、相手にきちんと謝罪をしましょう。真摯に罪を認めて謝れば、被害者の被害感情、処罰感情も和らぐ可能性があります。
真摯に謝罪し、反省を示すことで、場合によっては被害届を出すのを思いとどまってくれて、事件化せずに済むこともあります。
また、被害届を出されてしまった場合でも、その場で謝罪していたかどうかは、後々示談に応じてもらえるか否かに影響します。

[参考記事]
被害届を出されたら示談で取り下げてもらうことはできるのか?
弁護士を呼ぶ
痴漢を疑われた時点で弁護士を呼ぶことも、逮捕を避けるために非常に有効です。
被疑者が本気で反省して謝罪、被害者と警察官に身元と連絡先を明らかにしてたうえ、いつでも出頭に応じますと言っても、簡単には信用してもらえない場合もあります。
しかし、弁護士が正式に弁護人となることを明らかにして、今後、被害者との示談交渉を担当し、被疑者本人への出頭要請があれば、弁護士が責任をもって本人に対応させると約束することで、逃亡の危険が乏しいと評価される可能性が高まります。
また、弁護士が捜査当局や記者に対して、実名の公開を差し控えてほしいという意見書を提出するということは可能です。
結局のところ、実名報道されるかどうかは、その事件の社会的影響力、容疑をかけられた人の地位などによって変わってきます。弁護士が必ずしも実名報道を止められるわけではありません。
しかし、少なくとも、警察・検察、報道機関に対し、本当に実名の公表が必要な事案かどうかを熟考する機会を与えることができ、安易な実名報道を抑止する効果は期待できます。

[参考記事]
痴漢で逮捕されるケース|逮捕された後の流れはどうなるか
4.冤罪だった場合の正しい対処法
本当は痴漢をしていないのに、痴漢と間違われて取り押さえられてしまった場合でも、逃げずに堂々と否認することが正しい対処法です。
痴漢事件では、否認して逮捕された被疑者に対して、「素直に認めれば、すぐに釈放してやる」「認めれば起訴しない」「どうせ罰金で済むから認めてしまえ」など、警察の取調官から自白するよう強く迫られることがあります。
しかし、取調官のこのような口車には絶対に乗ってはいけません。できる限り速やかに弁護士を選任し、身柄拘束中の取り調べに対して、どのように対応したら良いか、法的なアドバイスを受けることがもっとも正しい対処法です。
また、早期に弁護活動を開始できれば、目撃者を探す、捜査機関から犯行状況とされている内容が当時の車内状況等と整合しているかどうかといった客観的事実の調査など、被疑者に有利な証拠収集も可能となります。
一般的に、痴漢冤罪事件は長く困難な闘いとなります。早い段階から、強い情熱をもって刑事弁護にあたってくれる弁護士に依頼することが大切です。
5.まとめ
犯罪の嫌疑がかけられたら、いち早く弁護士に相談し個別のアドバイスを得るべきです。
泉総合法律事務所は、痴漢事件について多数の解決実績があります。実名報道を避けるためだけではなく、逮捕・勾留を避けたり、早期釈放されたりできることがあります。また、被害者との示談交渉も可能です。
お困りの方は、ぜひ一度無料相談をご利用ください。