痴漢事件で裁判になる?裁判を避けるにはどうするべきか

ご存知の通り、痴漢行為は犯罪です。
痴漢を犯した人は「迷惑防止条例違反」や「不同意わいせつ罪」に問われ、刑罰を受ける可能性があります。
もっとも、痴漢を犯しても逮捕・起訴されず、処罰を免れるケースもあります。
これは後述するように、日本の刑事司法が、「検察官が起訴する判断をした場合に限り裁判が行われる」といった仕組みになっているからです。
それでは、痴漢をして裁判になる、つまり、検察官が起訴の判断をするのはどのようなケースなのでしょうか?
「痴漢で逮捕されてしまったが、裁判は防ぎたい!」とお考えの方は、ぜひお読みください。
1.痴漢を処罰する法律
まずは、痴漢を処罰する法律とその刑罰について簡単に説明します。
痴漢を処罰する法律は①迷惑防止条例違反、②不同意わいせつ罪(刑法176条)です。
(1) 迷惑防止条例違反
迷惑防止条例は、各都道府県が独自に定めています。原則として、痴漢行為が行われた都道府県の迷惑防止条例が適用されるとお考えください。
ここでは、東京都迷惑防止条例を例に出して説明します。
第5条1項
何人も、正当な理由なく、人を著しく羞恥させ、又は人に不安を覚えさせるような行為であって、次に掲げるものをしてはならない
1号 公共の場所又は公共の乗物において、衣服その他の身に着ける物の上から又は直接に人の身体に触れること。
上記について、例えば満員の電車やバスで被害者の胸・臀部に触れる行為が該当します。
東京都の迷惑防止条例違反は、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処されます。
また、これを常習として行うと、1年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処されます。
(2) 不同意わいせつ罪
不同意わいせつ罪は、上記の迷惑防止条例よりも悪質と見られる痴漢行為を処罰するものです。
刑法第176条
次に掲げる行為又は事由その他これらに類する行為又は事由により、同意しない意思を形成し、表明し若しくは全うすることが困難な状態にさせ又はその状態にあることに乗じて、わいせつな行為をした者は、婚姻関係の有無にかかわらず、6月以上10年以下の拘禁刑に処する。
一 暴行若しくは脅迫を用いること又はそれらを受けたこと。
二 心身の障害を生じさせること又はそれがあること。
三 アルコール若しくは薬物を摂取させること又はそれらの影響があること。
四 睡眠その他の意識が明瞭でない状態にさせること又はその状態にあること。
五 同意しない意思を形成し、表明し又は全うするいとまがないこと。
六 予想と異なる事態に直面させて恐怖させ、若しくは驚愕がくさせること又はその事態に直面して恐怖し、若しくは驚愕していること。
七 虐待に起因する心理的反応を生じさせること又はそれがあること。
八 経済的又は社会的関係上の地位に基づく影響力によって受ける不利益を憂慮させること又はそれを憂慮していること。
これだけ見ると、身体に触っただけの痴漢行為では不同意わいせつ罪は成立しないのではないかとも思われそうです。
しかし、電車内で被害者の胸や臀部を触れる行為は、それ自体が有形力の行使として「暴行若しくは脅迫」に該当すると評価されており、不同意わいせつ罪が成立するのです。
実務上は、ひとつの痴漢行為をふたつの犯罪で立件することはしません。
そこで、衣服の上から身体を触った場合は迷惑防止条例違反、下着の中に手を入れて直接に身体に触れた場合はより刑の重い不同意わいせつ罪とする扱いが通常です。
もっとも、衣服の上から触ったケースでも、痴漢行為が長時間に及ぶ執拗なものであったり、ひとりの被害者に対してストーカー的に痴漢行為を繰り返したような悪質性の高い事例では、不同意わいせつ罪に問われる場合もあります。
近年では性犯罪自体が厳罰化されていますので、これら以外の様態でも不同意わいせつ罪に問われる可能性があります。

[参考記事]
痴漢は何罪になる?刑罰と逮捕後の流れを解説
2.痴漢で裁判になるケース
刑事裁判になるのは、端的に言えば検察官が被疑者を「起訴」する決定をした場合です。
検察官は発生した事件全てを起訴しなければならないわけではありません。刑事訴訟法248条では、「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」とされています。
痴漢事件で検察官が起訴する理由としては、例えば以下のものが挙げられます。
- 行為態様が悪質
- 前科・前歴がある
- 被害者が未成年
- 被害者の処罰感情が強い
- 被疑者に反省の色が見られない
- 示談が成立していない
痴漢事件で起訴されると、略式起訴(罰金刑)で終わらない場合は裁判となります。迷惑防止条例違反・不同意わいせつ罪は共に懲役刑が法定刑にあるため、どちらの場合でも公判(裁判)になる可能性は0ではないと覚えておきましょう。
懲役刑の判決が出されると、執行猶予がついていない限り刑務所に入ることになります。
【略式起訴(略式手続)について】
裁判と聞くと、公開の法廷において、裁判官や弁護士・検察官の前で様々な証言をする姿を思い浮かべると思います。しかし、起訴された事件全てがそのような裁判に付されるわけではありません。起訴には「正式起訴」と「略式起訴」があり、公開の法廷で裁判が行われるのは正式起訴のみです。略式起訴は、公開の裁判を開かず書類審査のみで被告人の刑罰を決定します。
もっとも、略式起訴は100万円以下の罰金又は科料にあたる事件にしか行われません。すなわち、迷惑防止条例違反の場合は略式起訴となる可能性はあります(実際に略式起訴となる場合は多いです)が、懲役刑のみが法定刑の不同意わいせつ罪において略式起訴となることはありません。なお、略式起訴でも罰金となれば前科がつきます。
3.痴漢で裁判になるまでの流れ
(1) 逮捕~勾留請求
事件現場で現行犯逮捕、または後日に通常逮捕(後日逮捕)されると、被疑者は警察署に連行されます。
逮捕後は、犯行状況・被疑者の経歴等についての取り調べを受けることになります。ここで被疑者が行った自白や否認事実の主張等の供述は、供述調書に記載されます(これは後の裁判で重要な証拠となります)。
警察は、被疑者の身柄を証拠と共に検察に送る(送検)か、あるいは釈放するかの手続をします。この手続は被疑者を逮捕してから48時間以内に行わなければなりません。
釈放されるケースとして、逃亡や証拠隠滅の恐れがない場合や、逮捕はしたが犯罪の嫌疑がなかった場合、微罪処分(送検しないもの)となった場合があります。
送検されたら、被疑者の身柄は検察官の元へ移されます。そこで、検察官から再度取り調べを受けることになります。
検察官は、被疑者の勾留(長期の身体拘束)を裁判官に請求するか否かを判断します。勾留の請求は被疑者を受け取ってから24時間以内かつ逮捕から72時間以内に行わなければなりません。
勾留請求をしない場合、被疑者は釈放されます。
(2) 勾留請求~裁判
勾留請求は裁判官に対して行います。裁判官は被疑者に犯罪の嫌疑があるか、逃亡の恐れがあるか、罪証隠滅の恐れがあるか等を審査し、被疑者の勾留を認めるか否かを決定します。
これが認められると、被疑者は勾留(被疑者勾留)されます。
他方、裁判官が被疑者の勾留を認めなかった場合は、被疑者は釈放されます。
勾留される期間は勾留請求の時から10日間です。もっとも、更に最大で10日の勾留期間を延長されることもあります。
検察官は、捜査で得た様々な証拠から、被疑者を起訴するか否かを勾留中に判断します。
検察官が不起訴の判断をした場合、被疑者は釈放され、何の処罰もなく事件終了となります。
他方、起訴の判断をした場合、被疑者は被告人という名称に代わり、裁判に移ります(前述の通り、略式起訴の場合は罰金を支払えば裁判は開かれません)。
(3) 裁判の流れ
検察官が起訴することを相当と考えて裁判所に起訴状を提出すると、刑事事件の裁判手続が開始されることになります。
痴漢に限らず、刑事裁判の流れは以下のように進んでいきます。
- 冒頭手続、冒頭陳述
事件について、事実を具体的かつ詳細に提示し、事件の全貌を明らかにします。- 証拠調べ手続
裁判官が採用した証拠について取調べを実施します。検察官側・被告人側の双方において行われます。- 弁論(証人尋問、被告人質問、論告・求刑)
証拠調べが終わった後、検察側・被告側ともに事件に対する事実面・法律面の意見を述べます。刑の重さに関する意見は特に「求刑」と呼ばれます。- 評議・評決
裁判官は、証拠や主張を踏まえ、被告人が有罪かどうか、有罪の場合はどのような刑にするのかを裁判官室で話し合ます。- 判決言い渡し
裁判所が判決期日において判決の言渡しをして裁判は終了します。
なお、痴漢事件の場合、裁判は起訴から約1ヶ月後に第一回が開廷されることが多いようです。
公表されている裁判統計資料(※)によりますと、地方裁判所における刑事通常第1審事件の平均審理期間は、2~3ヶ月ほどです。
※「裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第8回)(令和元年7月19日公表)」 地方裁判所における刑事通常第一審事件の概況
4.痴漢で裁判に発展するのを防ぐには
先述のように、裁判となるのは検察官が起訴の判断をした場合です。
検察官は、様々な事情を踏まえて、起訴するか否かを決定します。
では、痴漢事件で裁判を防ぐ(特に、正式起訴を避ける)にはどうすれば良いのでしょうか。
痴漢事件においては、被害者の処罰感情が、起訴・不起訴の判断で非常に重要なものです。
そこで、被害者と「示談」を行うことが最も有効な対応策です。
被害者と取り交わした示談書に「寛大な処分を望む」「刑事処分を望まない」などの宥恕文言が記載されることで、被害者の処罰感情が失われたことを示し、示談金の受領によって被害も回復していると評価できます。
これにより、検察官が起訴の判断をする可能性が低くなります。
示談に際しては、加害者は被害者に一定の金銭を支払うことになります。
痴漢事件の示談金相場は、相当に悪質であるケースを除き20万円〜50万円程度が多いです。
しかし、いざ示談をしようとなっても、示談の方法がわからない方が多数だと思います。
また、示談の方法は知っていても、弁護士がつかない限り被害者の連絡先もわかりません。
したがって、弁護士抜きに痴漢事件の被害者側と交渉を開始することは事実上不可能です。
示談の機会を逃してしまえば、検察官が起訴の判断をしてしまうかもしれません。
そのため、裁判の回避のために示談獲得を目指す方は、早期に示談交渉を法律のプロである弁護士に依頼するべきです。
→示談したい
5.まとめ
痴漢は懲役刑になる可能性のある犯罪です。たかが痴漢と甘く見てはいけません。
罰金刑で済んだとしても、有罪判決を受けたことに変わりはないので、前科として記録されてしまいます。
これを避けるには、示談を成立させて不起訴処分を勝ち取るしかありません。
痴漢をしてしまった方は、お早めに痴漢の弁護経験豊富な泉総合法律事務所の弁護士にご相談ください。